こんにちは、弁護士の橋本です。
私は子どものころピアノを習っていました。ここ数年でクラシック音楽に目覚め、自宅や車の中で聞いています。今回は、今年読んで面白かったピアノをテーマにした人気作品を2冊紹介します。
「蜜蜂と遠雷」 幻冬舎文庫
恩田陸さんの作品で、直木賞と本屋大賞を受賞し映画化されています。表紙のデザインがとても綺麗でオブジェとして飾っておきたくなります。
3年毎に日本で開かれる、若手ピアニストの登竜門となっている国際コンクールを舞台に、全く異なる境遇の4人の若いピアニストの成長と、彼らを支える人たちを描いた物語です。
本のタイトルや物語の構成から主人公は風間塵でしょう。その常識外れの経歴、才能、感性、純粋に音楽を愛する天真爛漫さと大胆な行動が魅力的な少年です。そして、かつての天才少女栄伝亜夜が挫折や葛藤を経て表舞台に戻ってくるところに胸打たれます。一次予選の舞台の袖で自分の演奏順を待っているとき、ステージマネージャーの田久保から「お帰りなさい」と声をかけられる場面、コンクールの期間中、演奏するたびに変わっていく心情や表情の描写が印象に残っています。
コンクールが進む中、亜夜の才能を信じて献身的に支えるバイオリニストの奏は、自身の大きな選択を亜夜の演奏に託します。亜夜は、箱の中に閉じ込められた音楽を世界に連れ出そうとする塵の演奏に、自分がこれから歩む道を見いだします。会社員として働きながらも音楽に対する思いを捨て切れないでいた高島明石は、亜夜の演奏に触発されて、もう一度自分の夢を追い求める決心をします。
登場人物が互いに支え合い、影響を与え、心を通じ、夢を重ね合わせながら、この世界でそれぞれの人生を共に生きようとする思いが伝わってきて、何度でも読み返したくなる作品です。
「革命前夜」 文春文庫
須賀しのぶさんの作品で、大藪春彦賞を受賞しています。
1989年1月、日本を離れ、東ドイツの街ドレスデンの音楽大学ピアノ科に留学した眞山柊史の目を通して、ベルリンの壁崩壊までの10か月間を追う物語です。
眞山は、同じ大学で学ぶ国籍の異なる同年代の天才的な学生たち、父親の旧友家族、謎の美貌オルガン奏者、教会関係者などと交友関係を深めていきます。物語の前半は、ピアノに打ち込む眞山の演奏の場面が多く出てきます。眞山は、純粋に自分の音を探し求めますが、眞山が出会う若い音楽家たちは、それぞれが置かれた厳しい境遇下で複雑な思いを内に秘めながら、必死に音楽と向き合って生きています。眞山は、ほかの学生たちと、音楽や思想について衝突したり共感したりしながら交流を深めていきます。
イデオロギー対立の中で露呈していた体制の矛盾、それを取り繕うための弾圧や相互監視、東西間の格差といった現実に、人々の西側に対する憧れ、劣等感、敵対心等の複雑な感情が絡み合いながら、自由を求める人たちが行動を起こし、次第に不穏な空気が広がり、衝撃的な事件へと発展します。
同じ民族でありながら「壁」によって分断された東西ドイツの対比によって、国家と国民の緊張関係、その時代を必死に生きた人たちの息遣いが伝わってきます。それとともに、物語で描かれている抑圧や貧困、格差、中傷、不寛容といった問題が、冷戦終結により世界から消えたわけではなく今もなお様々な形で存在しており、私たちが取り組んでいかなければならないものであると感じます。