青空カフェcafe

今年読んだ本(小説)

 こんにちは、弁護士の橋本です。

 今回は、今年私が読んで印象に残った小説を紹介します。いずれも人気作品ですので読んだ人も多いと思います。テーマと簡単な感想に留め、内容についてはなるべく触れないようにします。

 「ラブカは静かに弓を持つ」(安壇美緒著、集英社)

 本屋大賞ノミネート作品です。著作権管理団体に勤務する主人公が、著作権料を徴収する訴訟提起のために音楽教室にチェロの生徒として入校し潜入捜査する、というもので、実際にあった裁判をテーマにしています。主人公の心の揺れ、葛藤、周囲の人との関係と自分自身の過去や現在に対する苦悩が伝わってきます。何か酷いことが起きるわけでもないのに読んでいて重い気持ちになり、若い主人公に対して「そんなに苦しまなくてもいいよ」と言ってあげたくなりました。「日本の音楽文化を守るために、著作権管理団体は音楽教室に対して著作権料を請求すべきではない」「日本の音楽文化を守るために、音楽教室は著作権管理団体に対して著作権料を支払うべきである」どちらが正解なのか難しい問題ですが、私は読む前と読んだ後で考えが変わりました。

 「月の満ち欠け」(佐藤正午著、岩波書店)

 直木賞受賞作品で映画も話題になりました。月が満ち欠けるように生まれ変わるという設定で幸せな再会を心の底から願う気持ちを表現した、恐ろしいような、切なく温かいような不思議な話です。途中、非現実的過ぎて話の筋についていけなくなりそうになりましたが、読み進めるうちにそういうこともあるような気がしてきました。それでいて読み終えてふと思ったのは、自分が誰かの生まれ変わりと思うこと、この人はかつて大切に思っていた誰かの生まれ変わりと思うことがこの物語の核心ではないのではないか、それよりも、人はそれぞれ(現実なのか思い込みなのか分からない)過去を胸に抱えつつも今の縁や繋がりの中で歩んでいくというメッセージだったのではないか、ということでした。

 「盤上の向日葵」(柚月裕子著、中公文庫)

 将棋の棋士と対局に使う駒の名品をテーマにしたミステリー小説です。異色の若手天才棋士の壮絶で数奇な人生を描いたものです。彼をとりまく人たちの人生もまた苦楽に満ちたものであったり味わい深いものであったりします。一般社会とつながっていない将棋界という狭くて特異な世界を描くことで、かえって誰もがほかでもない自分の人生を真剣に生きているということに気付かされます。近年読んだ小説の中では最も心を揺さぶられた作品です。

 「〈あの絵〉のまえで」(原田マハ著、幻冬舎文庫)

 6つの短編集で、全国の美術館に展示されている絵画をテーマにした悩める現代人の物語です。自由に生きていいといわれてもどう生きればいいか分からない戸惑い、社会に出てうまく渡っていけない焦りや苦しさ、そんな中でも自分の人生を生きたいと願う人々、美術館の名画はそんな一人一人を肯定し、励まし、そっと背中を押してくれる気がします。

 「灯台からの響き」(宮本輝著、集英社文庫)

 主人公は60過ぎの男です。一緒にラーメン店を切り盛りしていた妻を急病で亡くしたことで店を閉めしばらく引きこもっていたのですが、30年前に妻に届いた1枚の葉書を発見したことをきっかけに一人全国の灯台を巡る旅に出ます。この主人公の人生には劇的なところがありません。普通の人を描くことで、人はみな多くの素晴らしい人たちに支えられて生きている、ただ真っ当に生きようとするそのこと自体凜とした生き方である、目に見えないものや語られなかったことの中に尊いものがある、そうした人生の普遍性のようなものが伝えわってきます。