青空カフェcafe

想いを寄せる

 こんにちは、弁護士の橋本です。

 連日、ウクライナのニュースが報じられています。辛く悲しいニュースが多いのですが、戦場で、スポーツや芸術の舞台で、日々の生活の中で、祖国を想い、必死に生きる人々の姿に胸を打たれます。サッカーではワールドカップ本戦出場まであと1歩のところまでいきました。7月に行われた陸上の世界選手権では女子走り高跳びでマフチク選手が銀メダルを獲得したほか多くの種目で活躍が見られました。4月からキーウ交響楽団がヨーロッパツアーを行いました。

 今回は、少しでもウクライナのことを知ろうと思い今年読んだ本を紹介します。

「物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国」(中公新書)

 著者は1996年から駐ウクライナ大使を務めた外交官の黒川祐次さんです。この本は、今から20年前の2002年に初版が発売になり、今も版を重ねているロングセラーです。私が買った15版が5月に発売されており、今年に入ってとても売れています。

 外務省で30年のキャリアがあったにも関わらず、赴任する前の黒川さんのウクライナに対するイメージは、「穀倉地帯」だったそうです。おそらく多くの日本人にとっても同じでしょう。ところが、実際に暮らしてみて、「複雑で非常に懐の深い大国」と感じるようになったそうです。実際、独立により、ヨーロッパの中で面積ではロシアに次ぎ、人口ではロシア、ドイツ、イギリス、イタリア、フランスに次ぐ大国として誕生しています。そのギャップについて、1991年の独立まで自分の国を持たず、歴史も文化も科学技術もあるにも関わらず「その名誉は全てロシア・ソ連に帰属してしまっていた」ためと分析しています。

 本では、これまで輩出してきた人材を数多く紹介しています。作家のゴーゴリ、作曲家のプロコフィエフ、ピアニストのホロビッツなど私でもその名を聞いたことがある人たちが次々と出てきます。科学技術の分野でも、免疫学の創始者メチニコフ、抗生物質ストレプトマイシンの発見者ワクスマン、ヘリコプターの実用化に貢献したシコルスキー、宇宙創生のビッグ・バン理論提唱者ガモフ、ソ連のロケット技術者コロリョフほか、多数挙げられています。黒川さんは、「植民地状態にあったこの地で世界の歴史に名を残すほどの人材がなぜこれほど多く生まれたか不思議なほどである」と述べています。本の中で、作曲家チャイコフスキーにまつわるエピソードが紹介されています。チャイコフスキーは、祖父がウクライナのコサックの出で、キーウの南100キロほどのところにある村カーミアンカを愛し、毎年妹の別荘に滞在して創作活動を行っていました。このとき、ペチカ(暖炉)職人が口ずさんでいた民謡をもとに作曲したのが「アンダンテ・カンタービレ」  文豪トルストイが聞いて涙したといいます。 5月放送のクラシック音楽館で、演奏とともに村の様子が流れていましたが、美しい旋律と農村風景、伝統を守りながら暮らす人々の姿は郷愁をかきたてられます。 この地でチャイコフスキーはピアノ協奏曲、交響曲、オペラなど多くの作品を書き上げました。

 この本は、独立から30年ほどしかたっていない国の歴史について書かれた本ではありません。現在のウクライナの地の歴史です。紀元前8世紀ころ、この地に移り住んで一大勢力となったイラン系の遊牧民族スキタイ人の話から始まります。スキタイ人は豊かな黄金文化を築き、その後、この地には各地から様々な遊牧民が侵入します。

 現在のウクライナの歴史の出発点は、キエフ・ルーシ公国です。キエフ・ルーシ公国を承継したのが今のロシアかウクライナかということが今日の争いにも強く影響しています。9世紀ころ、キエフ・ルーシ公国は東スラブ人の居住地域に建設されました。スカンジナビア半島(現在のスウェーデン)からヴァリャーグ人が来てこの地を治めたところから始まります。その後勢力を拡大し、他のヨーロッパ諸国とも関係を強めながら中世ヨーロッパの大国へと発展していきます。13世紀にモンゴルの支配を受け、キエフ・ルーシ公国は解体に追い込まれ、諸侯の連合体へと姿を変えます。

 14世紀からは隣国ポーランドとエストニアが、18世紀末のポーランド分割とトルコの黒海沿岸からの撤退以降は大半の地域をロシアが、西側の一部の地域をオーストリアが支配し、ロシア革命後はソ連に組み込まれ、幾多の苦難を強いられます。それでも、この地の人たちは、中世から20世紀に至るまで、各地で民族の文化と伝統を捨てることなく脈々と受け継いでいました。特に、15世紀ころ誕生した自治的な武装集団を起源とするコサックの伝統は、現在のウクライナを語る上で欠かせません。  

 私は、この本を読んで、地続きの大陸の中にあって周囲を強力な民族や強国に囲まれている、自国内にも近隣にも多くの民族がいてそれぞれに文化と歴史がある、様々な民族や国家が外から入ってくる、他民族の支配を受ける、支配者が頻繁に入れ替わる、生き残りのため自治や独立を守るため隣国との関係を模索する、民族の誇りをかけて戦う、幾多の筆舌尽くしがたい苦難があってそんな中でもその時代その時代で人々が暮らしている、ということについて、そしてヨーロッパ諸国だけでなく日本についてもいろいろと考えるきっかけとなりました。とても中身の濃い本で、20年前に書かれたにも関わらず、全く古さを感じません。ウクライナやヨーロッパについての理解を深めるのに大いに役に立ちます。ぜひ、多くの人に読んでほしいと思います。