青空カフェcafe

今年読んだ本

 こんにちは、弁護士の橋本です。

 今回は、今年私が読んで印象に残った、小説以外の本を4冊紹介します。

「実力も運のうち 能力主義は正義か?」(早川書房)

 著者はハーバード大学のマイケル・サンデル、「ハーバード白熱教室」を世界に向けて発信した人気教授です。「正義」という難しいテーマについて様々な事例を用いて考えさせる手法は絶妙で、10年ほど前に発売された「これからの正義の話をしよう」も大きな反響を呼びました。

 今回は、自由と平等に関するこれまでの議論とその背景にある聖書の思想を紹介しつつ、この数十年で大きく変容した能力主義、学歴偏重主義が現代アメリカ社会や世界に与えている影響やその問題点について鋭く指摘しています。

 ここでいう能力主義とは、「人は才能と努力によって成功できる、成功者はその功績に見合う報酬を手にするに値する」という考え方で、これ自体は正論のようにも思えます。

 「才能を持っているのは手柄ではなく幸運かどうかの問題ではないのか」「自分がもっている才能を高く評価してくれる社会かどうかもまた幸運の問題ではないのか」「努力によって埋められる部分ばかりではないのではないか」「能力主義と成果や功績に対する不公正で極端な報酬が勝者と敗者を厳しく峻別し社会の分断を招いている」「私たちは能力主義や学歴偏重主義を再考しより良い社会を構想し目指すべきではないか」

 サンデル教授の指摘に今回もまた私たちは深く考えさせられます。

「嫌われた監督」(文芸春秋)

 中日ドラゴンズの監督として4度のリーグ優勝や52年ぶりの日本一などの実績を上げながら、リーグ2連覇した2011年のシーズン終盤、優勝争いの最中に事実上解任された落合博満監督の8年間を、当時の選手やコーチ、スカウト、フロントの濃密な証言とともに綴ったものです。著者は、当時日刊スポーツで駆け出しの記者として中日ドラゴンズを担当していた鈴木忠平さんです。

 プロフェッショナルとはこうも厳しい世界なのかと思わされると同時に、その厳しさの裏にある、短い現役生活を悔いなく過ごさせてやりたいという落合監督の優しさを感じます。私がとくに好きなのは、川崎憲次郎投手、森野将彦選手、和田一浩選手、荒木雅博選手のエピソードです。

 この本は落合監督と身近に接した8年間を通じて鈴木さん自身が自立し成長していく物語でもあり、そこもまたこの本の大きな魅力です。

「暇と退屈の倫理学」(新潮文庫)

 著者は東京大学大学院で哲学を専門とする国分功一郎教授です。

 そもそも自分は何が好きなのか、何をしたいのかについて考えたことはないでしょうか。ガルブレイスが「現代人は自分が何をしたいのかを自分では意識することができなくなってしまっている。広告やセールスマンの言葉によって組み立てられてはじめて自分の欲望がはっきりするのだ」と指摘したのは1958年のことだそうですが(23頁)、インターネットの時代になってその傾向はますます強まっているように思います。

 この本には、数多くの哲学者や思想家が登場し、国分先生が分かりやすく解説し(ときに笑ってしまうくらい辛辣な)批評を加えています。内容は高度ですが話は具体的ですので、その場面を思い浮かべると楽しく読めます。

 国分先生は、本書の結論について「本書を通読するという過程を経てはじめて意味をもつ」「論述を追っていく、つまり本を読むとは、その論述との付き合い方をそれぞれの読者が発見していく過程である」と述べ、「人は何かが分かったとき、自分にとって分かるとはどういうことかを理解する」「大切なのは理解する過程である。そうした過程が人に、理解する術を、ひいては生きる術を獲得させるのだ」(390頁から392頁)と述べています。

 学ぶことの意味もまた、本書のテーマのひとつです。

「私は「セロ弾きのゴーシュ」 中村哲が本当に伝えたかったこと」(NHK出版)

 この本は、パキスタンとアフガニスタンにまたがる地域でハンセン病などの感染症対策のほか地域医療に長年携わり、温暖化による危機的なかんばつに対して1600本の井戸を掘り、25キロ以上に及ぶ用水路を拓いて砂漠を緑化し、多くの人たちの命をつないできた中村哲医師が、1996年から2009年にかけて出演したNHKの「ラジオ深夜便」のインタビュー内容と、現地での活動を国内から支援するペシャワール会の会報に寄せたものからなります。

 2019年12月、現地で凶弾に倒れたことがニュースになるまで私は中村先生のことを知りませんでした。日本の一人の医師が、なぜこの地で大変な思いをしながら、何十年も医療活動に携わるのか、井戸を掘り、用水路を拓くために活動するのか、これまで講演会などで何度も聞かれ、そのたびに中村先生はこう答えたそうです。

 「道で倒れている人がいたら手を差し伸べる-それは普通のことです。」

 ここには私たちが知らない(そして知るべき)アフガニスタンの実情や問題が分かりやすく書かれています。そしてそれはアフガニスタンだけの問題ではなく、世界全体、地球規模の問題であることが説かれています。

 中村先生は、ご自身の偉業を驚くほど控えめに紹介しながら、幸せについて、豊かさについて、楽しさについて、生きること死ぬことについて率直に語っています。現地での長年の体験に裏打ちされた言葉の数々には重みがあります。

 自分にとって「普通のこと」とは何なのか、私たち一人一人が考え行動することを、天国の中村先生は望んでおられるように思います。